やっている

質問・御意見等はお気軽にコメントで。小説:https://kakuyomu.jp/users/horkio118/works

オムライス

フォロワーに言われてオムライスを作った様子です。

 

用意するもの

・ケチャップ

f:id:horkio118:20181028220043j:plain

 

・卵

f:id:horkio118:20181028220332j:plain

 

・タマネギ

f:id:horkio118:20181028220431j:plain

 

・鶏肉(写真を撮り忘れたので私の絵です)

f:id:horkio118:20181028221457j:plain

 

・米

f:id:horkio118:20181028220929j:plain

 

手順

1.タマネギをこのようにします。

f:id:horkio118:20181028222014j:plain

 

2.鶏肉もこのようにします。

f:id:horkio118:20181028222109j:plain

 

3.フライパンの上で2人は出会います。

f:id:horkio118:20181028222153j:plain

 

4.中火で熱し続けてタマネギが良くなってくると米が闖入します。

f:id:horkio118:20181028222255j:plain

 

5.ケチャップ

f:id:horkio118:20181028222453j:plain

 

6.塩コショウ

f:id:horkio118:20181028222529j:plain

 

7.やがてこれになる

f:id:horkio118:20181028222621j:plain

 

8.薄焼き卵を作りましょう(薄焼き卵の作成はガチの集中が要求されるので写真撮影NGです)

 

9.はい

f:id:horkio118:20181028222720j:plain

 

うまい

f:id:horkio118:20181028222753j:plain

 

薄焼き卵の作成に失敗したもの

f:id:horkio118:20181028222825j:plain

 

みなさんもオムライス作ってみるといいですよ。

以上。

見知らぬ駅で降りた

昨日、見知らぬ駅で降りたので、その様子です。

 

駅に改札が二個しかない。

f:id:horkio118:20180702165715j:plain

 

工場がある。

f:id:horkio118:20180702165750j:plain

 

車が全く存在しないので車道で寝れる。

f:id:horkio118:20180702165842j:plain

 

まともな店は後にも先にもこれしかなかったです。

f:id:horkio118:20180702165939j:plain

 

エモ

f:id:horkio118:20180702170017j:plain

 

田舎だ

f:id:horkio118:20180702170136j:plain

 

川やんけ

f:id:horkio118:20180702170439j:plain

 

山があり鉄塔がある。

f:id:horkio118:20180702170224j:plain

 

倉庫

f:id:horkio118:20180702170255j:plain

 

ふな氏

f:id:horkio118:20180702170327j:plain

 

手作り感

f:id:horkio118:20180702170352j:plain

 

以上です。

文章を書くということ

最近、文章を書くのが怖い。なぜだろうか。

 

今、私は安部公房の短編集と、マルキ・ド・サド悪徳の栄え澁澤龍彦 訳)を同時進行で読んでいる。

まず、安部公房について。彼の小説は非常に珍奇で、どこに核心があるのかいまいちつかみどころがない。それでも、なんとなく彼の文章における、間合いというか、呼吸というか、そんな雰囲気だけは感じ取れるようになってきた。一度にたくさんの作品を読める短編集の良さである。ここまでいくつかの短編を読んで、安部公房は少し私に似ているんじゃないかな、と思い始めた。基本的に彼の描く世界は一様にどこか狂っているのだが、その狂気の歯車が、私の趣向と完璧に合致している気がする。

 

悪徳の栄えについて、これは単純明快、「人間は自己の欲求の赴くままに行動することこそが正解である」という主張を数百ページにも及んで演説しているものだ。ただ、「単純明快」と言ったが、そこに技巧がない訳では決してなく、むしろ、たった一つのテーマをこの世に存在する全ての創作物を凌駕し得る深さで言及してみせる底力がそこにはある。また、そのどうしようもないパワーこそがこの作品の読者を惹きつける一種のカリスマ性となっているのだ。

 

自分以外の人間が書いた文章を読んでいる時、「こんな文章、絶対自分では思いつかないだろうな……」という諦観にも似た感情が引き摺り出されることがある。仮にも文章を書いている者として、どうしようもない敗者の烙印を押された気分になる。

 

文章を書くということ、ひいては、創作をするということは、常にこの感情との勝負なのだろう。私の文章が、安部公房マルキ・ド・サドを刺せるようになる日が来てほしい、そう願ってやまないのです。

寝巻きのまま外に出ると、家の前に大きな川ができていた。

ぼくはいつもみたいに川沿いを歩いた。たまには写真も撮って、Twitterに上げてみた。

ずーっと歩いているとだんだん川が大きくなってくる。

けれど妙だな。今日は写真を上げてもTwitterのみんなからいいねが来ない。

それどころか十分ほど前からタイムラインにツイートが流れていなかった。

 

ふと、見上げると川はこの世のものとは思えないほど巨大な海になっていて、あっという間にぼくを飲み込んでしまった。

海の中を泳いでいると、みんながいた。心地良さそうにプカプカ浮かんでいる。

家族も、友だちも、恋人も、近所のおじさんも、野良猫も……

ぼくは、みんなで一緒に写真を撮ってTwitterに載せた。

今度は誰かがいいね押してくれるかな……

終了

開始が終了しました。

自我が終了しました。

世界が終了しました。

お前が終了しました。

自分が終了しました。

Twitterが終了しました。

インターネットが終了しました。

正義が終了しました。

悪が終了しました。

無が終了しました。

欲望が終了しました。

生命が終了しました。

価値が終了しました。

社会が終了しました。

人間が終了しました。

常識が終了しました。

非常識が終了しました。

本物が終了しました。

偽物が終了しました。

終了が終了しました。