読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

肺腑のナイフでLIFEを愛す。

無いとは思うが、質問・御意見等はお気軽にコメントで。

やってしまった。

小説もどき

読もうか。

kakuyomu.jp

あとがき

kakuyomu.jp

今日は何をして過ごすのが正解だったのでしょう。

自己顕示欲を満たす奴

はい。おはようございます。

今日は何をして過ごすのが正解だったんでしょうか。

私は今日1日だらだら漫画を読んでいました。でも、黙祷する人もいたらしいですね。はたまた、ネットで「ボランテイアもしないくせに黙祷とか偽善者かよ。クソだな」と書き込んだ人もいたらしいですね。けものフレンズでしこってた人、恋人と過ごした人、自殺した人、他殺された人、家族と普通の日々を過ごした人、今日は過去のことは考えず前を向いて生きるぞと意気込んだ人。いろんな人がいる。

今日は何をして過ごすのが正解だったのか。

 

では明日は。

明日は何をして過ごすのが正解なのか。

 

わからないです。

 

以上。

「本当に」誰かを好きになったことがある奴なんているのか。

自己顕示欲を満たす奴

はい。おはようございます。

 

「本当に」誰かを好きになったことがありますか。

私はないです。

顔がタイプだから、金を持ってるから、優しいから、いい人だから、等々人を好きになるにはいろんな理由があります。でも理由がなきゃ人を好きになれないもんなんですかね。

「好き」という言葉はひどく嘘くさい。「愛」とか「優しさ」とかと同じくらい嘘くさい。

「本当に」人を好きになってみたいですね。

「本当」って何。「本物」やら「本当」やら言われますけど、あれって何なんですかね。

私だって「本物」が欲しいですよ。でも「本物」なんてこの世に存在するんですか。何が「本物」で何が「偽物」かなんて、とてつもなく曖昧じゃないか。曖昧な時点で「本物」じゃない。「本物の偽物」でもない。曖昧なんだから。

「本物じゃない」=「偽物」ってわけでもない。何なら「偽物」でもいいから見たことがないので一度見てみたい。「本物」も存在しなければ「偽物」も存在しないんじゃないですか。この世の中。

「だからどうした」と言われればそれまでなんですが。

でも、今この記事を書いている自分自身は、「偽物」かもしれないけど、「本物」なんですよね。

やっぱり曖昧である。

 

以上。

小説です。読みましょう。

小説もどき

kakuyomu.jp

 

あとがき。

kakuyomu.jp

うおー

自己顕示欲を満たす奴

はい。おはようございます。

 

みなさん最近「うおー」となってますか?

私は今日も今日とてうおー。

うおー!

言ってみましょう。家の中なら思いっきり!うおー!発声しよう。発狂しよう。

うおー!

 

なんのこっちゃ。

 

以上。

「陰口はさいてー。」

自己顕示欲を満たす奴

はい。おはようございます。

 

小学校の時、「陰口はやっちゃいかん。何か言うときは面と向かって言え。それができないようなことは言うな」と教えられました。すごい。

 

これ実現されたら怖くないですか。他者が自分に抱いた不満が全部自分のとこに飛んでくるんですよ。最悪だ・・・。

 

私は思う。陰口は絶対に必要だ。むしろ、直接不満を言ってくるくらいなら陰口で満足してくれ。というのを切に願う。

 

でもやはり陰口にも悪い部分はもちろんあって、それは陰口の対象にその陰口が露呈すると人間関係がぶち壊れるという点です。(当たり前)

私としては、陰口というのは人間関係において必ず生じる歪みを矯正する行為だと思っている。でも面と向かってそれを言ってその歪みを矯正するのももちろんアリだと思う。しかし、相当ハードルが高いんじゃないか。私は自分も本気で向き合っているものであれば、面と向かって言ってもらえるのはありがたいですけど、そこまで身を入れていないというか、やりたくないけど、やらざるをえない物事に関しては陰口くらいの距離感がちょうどよかったりもします。

ただ、陰口の露呈は本当に最悪なのでやばい。

 

今回は割と主観的な記事を書いてしまった。

 

以上。