やっている

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お出かけしました

今日は文章を書こうと思ったけれど、どうにも気分が乗らなかったので、外に出かけた。ポカポカ陽気の中、自転車を漕ぐのは気持ちよかったです。

しかし、当然ながらこの暖かさで花粉も元気に飛び回っていた。自宅でこの記事を書いている今も鼻水が大暴れしており、5文字入力しては鼻をかむというペースでやっています。

 

以下写真を貼ります。

 

FAKE通りもんです。

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釣られた犬です。

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川です。

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お花(おそらく水仙

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カフェに行きました。

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花粉が飛んでなければ最高でした。最高ではないですが、それなりに楽しかったです。

 

以上。

私の住む町は、頭にクソがつくほど田舎だ。

町にある数少ないコンビニは、24時間営業の方が珍しい。電車は15分おきにしか来ないし、バスなんか時間通りに来た試しがない。

私は何もないこの町が嫌いだ。風景が変わらない道を歩いているだけで嫌な気分になる。こんな町早く出たいとすら思う。

それでもこの町には人間が生きている。人間が自分の頭で考えて、いろんな感情を隠しながら生活している。

私は、そんな人間たちを憎らしく、また愛おしく思う。

 

最近私には何もない、と思うことが多い。

今日私と遊んでくれた友達は、私といて楽しかったのだろうか。別れた途端にそんなことを考えて、悲しくなってしまう。

私も人に何かを与えたい。いつも何かを与えてもらってばかりだから。

私に何が出来るのだろうか。

そうか。

何もなかったんでしたね。

何者でもない私には何も出来ないので、大人しく何かをしている振りでもしながら、端っこでヘラヘラ薄ら笑いを浮かべて突っ立っていることにしましょう。

野球のルールも分からずに、野球チームに入団してただ素振りを続け、試合中も仲間を応援する振りをすることだけに終始していましょう。

私には何もない。本当に空っぽなだけ。

今後は何かをやっているような振りだけをします。

よろしくお願いします。

いつも地図にいる”アイツ”に物申す

おはようございます。

今回はいつもと違う感じの記事です。

題して『物申す系記事』。

私が日々の中で「これはいかんでしょ」と感じた物事について、片っ端から物申す。そんな内容です。

 

 

さて、今回物申すのはいつも地図にいる”アイツ”…

 

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そう。みなさんご存知のこいつです。

 

こいつの役割はその地図における方位を示しています。多分小学校の社会の授業で習うんじゃないでしょうか。

 

こいつ、意味わからなくないですか?

上のとんがりが北を刺すのは分かる。ということは下が南なんだなというのもまあ分かる。

 

じゃあ東と西は?

 

そう。これを見てもどっちが東でどっちが西かを一発で判断出来ないんですよ。

大抵の人間は、「上が北ということは下が南だから、そこから考えると西が左で東が右だな」というプロセスを辿って東西の方向へと到達するのです。回りくどすぎる…

 

東と西って結構曖昧じゃないですか。私の中で東ってずっと左にあるイメージがこびりついてて、多分それは太陽が東から昇るからなんですよね。

 

どういうことなのか。図解すると、このようになります。

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上図は私が小学生の頃、先生が「太陽は東から南の空へと昇り、西へと沈む」という事実を教える際に黒板に描いたものです。

 

お気づきでしょうか。

 

東、左じゃん。

 

そもそも「東西」っていう呼び方から見ても、東が左で西が右の方が自然なんですよ。実際は逆なのに。

 

何の前触れも無く、「東西のどっちが左か?」と尋ねられて即答出来る人間が、この地球上に一体何人存在するでしょうか。

 

何が言いたいかというと、「北が上にある」なんてことはみんなとっくに知ってるんですよね。正直なところ、そんなことは今更示してくれなくてもいい。

我々が地図を見たときに一番知りたいのはどっちが東で、どっちが西かなんですよ。

 

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それをこいつは、「北の方向示せばお前ら分かるやろ?」みたいな態度で地図上にいつも居座ってるわけです。

 

私…許せません…

 

こいつには東と西のどちらか一方を明記する義務がある。

 

こんな具合に。

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少し見栄えは悪いが、これで良い。見栄えを重視しすぎた結果本来の責務を全う出来ていなければ元も子もないのです。

 

(いや、でも「左のとんがりが西」って覚えれば解決なんじゃないか…)

 

今回の物申しはこの辺にしといてやりましょう…

 

以上、「いつも地図にいる”アイツ”に物申す」でした。

 

ここまで読んでくれたみなさん本当にありがとうございます!

春が来たぞ、今すぐ逃げろ。

今日は近所のスーパーに行きました。道中昨日の嵐の余韻が残っているのか、風が強くて飛ばされそうになった。歩道のすみを見ると、ところどころにゴミが散乱している。どこから飛ばされてきたのだろうとか、どうでもいいことを考えたりしてみる。

ふと、寒くないことに気づいた。これだけ風が吹いていれば寒くて仕方がないはずなのに、なぜだか全く寒くない。

そうか、春が来たんだ。春だから寒くない。なるほど納得ですね。

私はちょっと嬉しくなって、横断歩道の白い部分を一人で飛び跳ねながら渡った。春だから。

春は命が生まれる。新しい周期の始まり。スタート地点。やはり暖かさに溢れている。鼻歌なんかも歌ってみよう。ふんふん♪

歩道で鼻歌を歌い小躍りする私を、卒業式帰りの学生たちが冷ややかな目で見ている気がした。途端に寒くなった。なんだか嫌だな。

春は暖かいけど寒い。芽吹きの裏側にはどうしても枯死の気配を感じてしまう。暖かさの裏には絶対冷たさが潜んでいるのだ。春特有の冷たさは、無自覚に人々を傷つけ、またどこかで生命を殺す。

春になると、これまで経験した『春』が一気にフラッシュバックする。私はこれまで何度春を経験しただろうか。春が私の内面に堆積し、私自身を形成しているのを感じる。

春は命を感知できる季節だから、自ずと死の存在も確認してしまう。

春は冷たい。背後に忍び寄る死を感じずにはいられないから。

私はこれから死ぬまでに、あと何度春を経験出来るだろうか。