読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

肺腑のナイフでLIFEを愛す。

無いとは思うが、質問・御意見等はお気軽にコメントで。

曲紹介(鬱くしき人々のうた)

はい。おはようございます。

今回は私の大好きマキシマム ザ ホルモン(以下ホルモン)の曲を紹介します。

こちらホルモンのシングル「グレイテスト・ザ・ヒッツ 2011~2011(現在廃盤)」とアルバム「予襲復讐」に収録された鬱くしき人々のうたです。


 






「えーCD買わなあかんのかよ。」と思ったあなた。買ってください。と言いたいが、まあそれは個人の自由です。すいません。 

 この曲は腹ペコ(熱狂的なホルモンのFAN)の間でも超人気の曲で、「泣いた」とか「この曲に助けられた」とかいういう言葉をネットでよく目にします。私も泣きました。私も救われました。私の今の価値観はこの曲で形成されたと言っても過言ではない。

 曲のテーマはいわゆる「鬱病ソング」である。ここで注意していただきたいのは、「鬱病『応援』ソング」ではないということだ。そもそもホルモンを普段から聴く者にとっては常識なのだが、ホルモンのCDには作詞作曲者の「マキシマムザ亮君」による「マキシマムザ亮君の曲解説」なるものが付いてきておりそれを読むことで真にその曲の意図を理解出来るというものになっている(ホルモンが格安の値段でCDを販売し、違法アップロードを異常なまでに嫌い、CD購入をすすめるのはこれも一つの理由)。そこで「グレイテスト・ザ・ヒッツ 2011~2011(以下グレイテストザヒッツ)」の曲解説に

 「薄っぺらい応援ソングを歌ったつもりも毛頭ない」 


と書かれています。この曲は「鬱病ソング」という糞重たいテーマを背負っているわけです。


 「さらば 俺 地球 宇宙 月 海」

この曲は 、ほぼほぼ亮君の実体験からできている。実際亮君は、「予襲復讐」の前作アルバム「ぶっ生き返す」の発売後、自殺を図ったらしい(今日の亮君 2008年04月16日より)。そんな人がかいた曲なのだ。「予襲復讐」の曲解説において「この曲は自分が鬱まっただ中の時に作ったわけじゃないが、当時周りにリストカットする友達やFANが増えていた。それを励ましたが、皆結局本人次第でダメだった。そしたら自分にも伝染してしまった。」という内容のことが書かれている。そんな繊細な人がかいた歌詞なのだ。

 「どんどん人間が嫌いになり、地球に飽き、宇宙に嫌気が差す始末「自分」ともオサラバしたい絶望の日々(グレイテストザヒッツ 曲解説より)

私自身「鬱病」という病気にはなったことはないが、誰でもどうしようもなく不安になることもあるだろう。軽くでも鬱な気分になる時があるだろう。この曲はそんな「鬱」を完璧に言葉で表現してきている。こんな歌詞は亮君以外には書きえない。
 

 「日々ギリギリ 生きる気デンジャー 下着 シミ・シミ・シミ こげ茶 吐く息息 溜めて飲んじゃ 来る『シネ・・シネ・・シネ・・』の幻聴」

 ここの歌詞は、才能とかそんなレベルをとうに超えたものを感じさせる。文章ですら「鬱」について書けと言われれば困難を極めるが、歌詞で繊細に表現し、なおかつ音楽である上で重要な、メロディーに乗せ韻を踏むという点においても一切の妥協が見えない。
そしてこの先もどんどん畳み掛けるように鬱の世界を音楽で表現してくる。しかしラストのサビ前に一気に雰囲気を変える。

 「手首 なんの線?」「手首なんの傷?」

と問いかけられるのだ。 私はリストカットは怖くてやったことがないのでその心情を想像するしかできないのだが、おそらく亮君はリストカットをしたにもかかわらず生きている人に問うているのだろう。「なぜリストカットをしたのに生きているのか?」と。

 「世界中の誰もが病んでるわけではねえけど 誰かは今日もうずくまってる そして内緒で『明日がラスト』と這いつくばって抜け出そうと生きてる いつだって癒しなんぞなくてもリングにリングにあがりゴング鳴るの待ってろ」 

ここで「予襲復讐」の歌詞カード(本だけど)において、 歌詞の文字サイズが各フレーズによって違うことに私は注目したい。基本的に二回以上出てくるフレーズは一回目小さめのフォントで、二回目は大きめ。とか逆に一回目大きめで二回目は小さめ。とかで強調したいフレーズを見せてるわけだが。
ラスサビの「もう帰ろう もう帰ろう please me・・・please me・・・『手首なんの線』...」から「...リングにあがりゴング鳴るの待ってろ」までは一度しか出ない上にかなり大事なフレーズのはずがフォントはむちゃくちゃ小さい。なぜか。
これは私の勝手な想像なのだが、おそらく恥ずかしかったのではないだろうか。亮君の基本スペックとして恥ずかしがりで、ストレートな曲は書けないというものがあるのだが、ここの歌詞はあまりにストレートすぎる。こんなのはホルモンじゃない。でも伝えたい。そんな亮君の葛藤を私は勝手に想像してしまい、涙が止まらなかった。音楽で私が初めて泣いた瞬間でした。
そして次の
 

 「鬱くしき人々よ 『0.5生懸命』にて勝て!」 

というフレーズはデカデカと書かれる。 やはりホルモンだ。「0.5生懸命」なんて言い回しをする。この言葉に込められた意図は、是非「予襲復讐」の曲解説を読んでいただきたい。

「LOVEイラネイラネーっちゅうの」「ダーリン? ハニー? 糞だりーし 嘘臭えぜLady」

そしてここの畳み掛けてくる感じ。ほんとに最高だと思う。しかし、前述にもあるようにこれは「『応援』ソング」ではない。「LOVEイラネー」とはどういうことか。それはつまり「"愛"がいらない」ってことだ(まんま)。 何が言いたいかっていうと、この世の中には「愛」で溢れてる。皆の会話を面白いとは思わないけど、仲間はずれにならないために頑張って笑っている人、見返りを求めて優しくする人、たいして中身のない「鬱の人がんばれー」みたいな応援歌をただ売れるためだけに書くアーティスト、自分を着飾るためだけに付き合って「ダーリン、ハニー」みたいな恋愛をやっている振りをしてすぐに別れるカップル。そんなきれいな「愛」に溢れてる。そんなものはイラネーと亮君は言っちゃうんですね。これってかなり厳しいものだと思うのだ。一切応援などされていない。「いばらの道を歩け」と言われているようなもんだ。でもこれしかないのだ。鬱にならないにはこれしか。どんな甘い言葉を並べても意味がない。嘘臭い愛を求めずに生きていれば、絶対に自分の芯が揺れることはない。そんなことを伝えていると、この歌詞から私は読み取りました。そこが一番のホルモンの優しさで「愛」だと思います。
そして最後

 「ボク 死たがりで 生きたがりです 」

結局誰しもこれに行き着くんじゃないでしょうか。死にたいんだけど、結局生きたい。「それは例えば友達、家族、ラーメン、漫画、そして音楽」そんなものがあるから生きたいパワーが死にたいパワーに勝るのです(これを亮君は「1UPキノコ」と呼んでいます)(今日の亮君 2008年08月17日より)。

ちなみにグレイテストザヒッツの曲解説のラストに「愛"以外"を込めて・・・」と書かれています。これも「愛を込めて」って言葉の「愛」の薄っぺらさを皮肉っているのかな?とか思います。実際この言葉の「愛」っていまいち何のことかわからないこと多いですからね。

と、おそらく私の中で一番思い入れのある曲だったので、割と長くなってしまいました。すいません。ここまで読んでくださった方がいるなら感謝しかないです。ありがとうございます。
(コメントくれると、かなり嬉しい。)(この記事読んで『予襲復讐』買ってくれたらむちゃくちゃ嬉しい。)
「以上。愛"以外"をこめて・・・」

自己満記事失礼。