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肺腑のナイフでLIFEを愛す。

無いとは思うが、質問・御意見等はお気軽にコメントで。

あれの話

はい。おはようございます。

 

あれの話です。

別にエロい話じゃない。ツイッター見てたらTLに「『いじめられてる側が悪い』なんていうのはいじめてるやつ目線だからクソ」という極々ありふれたツイートが流れてきて実に微笑ましく思ったのですが、間違ってはいないと思います。

何を書きたいか。

いじめ問題というのは人類が古来から社会を形成し始めてからずっとつきまとってきた問題の一つであり、どうにもこうにもあらゆる方面の方たちを悩ませてきた話題であります。でも答えは出てるじゃないですか。いじめなければいい。それだけだ。自分が常に弱者であり続ける意思を持てば良い。

 

そんなことできないですよね。

 

思うのです。小学校の「終わりの会」でいじめをした人を吊るし上げる行為もいじめだと。いじめというのは弱者を叩く行為だ。つまりいじめが悪いという土壌が出来上がった世界ではいじめをした(あるいはしてしまった)人が弱者となる。つまりいじめをするといじめられるのだ。

別にいじめをされる側が悪いとかそんなことが言いたいんじゃない。ただいじめという問題を考える際に、何の考えもなしにいじめをした者を排斥しようとするのは如何なものかと。そう言いたい。

世の中は簡単ではない。ポケモンの世界のようにいつも「悪者」を買って出てくれるロケット団のような人たちも存在しない。あの人達はある意味で本当に優しい。いつも弱者だ。いつも(映画を除く)サトシたちの前では確実に悪い行いをしてくれるから、主人公たち(善者)は完全に綺麗な精神状態であいつらを吹っ飛ばせる。

でも現実はそうじゃない。

いじめはする側が悪い。ただこの意見の裏には自分がする側になってしまった時の恐怖が隠れているので、忘れてはいけない。そういう意識が大事なのか。

大事じゃないのか。

わかりません。

 

では。おはようございました。