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宗教

この世には宗教が溢れていると、ぼくは思う。

 

幸福の科学とかオウムとか、そういう誰にでも宗教とわかる宗教はまだ良心的な部類だと思う。

 

真の宗教は、人間たちが集まって生まれる一体感そのものである。

 

宗教の本質は一体感なのだ。

 

高額な魔除けの壺を買うのも、あれだけの金を使って一体感を購入しているのだ。

 

一体感はやがて安心となる。

 

何が言いたいか。

 

人間が集まると必ずそこに一体感が生まれる。

 

誰かを排除しようという一体感や決められた話題で盛り上がろうという一体感

 

そういう一体感に自分が混ざることができていると実感した時、人は安心する。

 

それは宗教の本質である。

 

宗教とただの人間の集まりで唯一違うところをあげるとするならば、

 

前者は一体感を得る方法が明確に記されているのに対して、後者はそれが見えずらい。

 

それこそ宗教が求められる点でもあるため、

社会でうまく一体感を得ることができず、常に不安に晒された者が宗教に逃げる。

 

ただ、本質は社会も宗教も同じなのだ。

社会でうまくやることで得られるものといえば、一体感である。

 

社会のその辺が実に生臭い。

 

正々堂々と「宗教ですよ」と謳っている分、宗教の方が幾分マシであるようにすら思える。

 

みんなそんなに一体感を得たいですか?

 

そこまでいいものじゃないでしょ。

 

Twitterのノリとかも死ぬほど面白くないのに、同じようなことをみんな言い続けるのは結局一体感を得たいからなんだなって。

「虚無」とか「インターネット」とか「文脈」とか。そんなに安心したいの?

Twitterって言いたいことを言える場所じゃないの?

 

社会から逃げたのにまた社会をやってるの?

 

Twitterのそういうところが本当にたまらなく無理なんだ。

 

このままでは世界が宗教になっちまう。